納豆ごはんと生きる。

ガチ恋が怖くなってやめた、ゆるオタアラサー女のブログ。

ガチ恋の不毛さ、不健全さ~過去の経験を添えて~

 

 どうも。なっとうです。今日は私の過去の話をしようと思う。ブログを始めて最初のエントリーが過去の話かよと思わないこともないけれど、私がこれまでどんな考え方をしていたかを改めて認識しておくということは今後のことを考えていくうえでも必要だと感じたので、さっそく思い起こしながらいこう。

あ、その前に。「ガチ恋」と似たような言葉として世間には「リア恋」「本気愛」なんていうものも存在するらしいのだけれど、なっとう個人の勝手な感覚で、私は「ガチ恋」という言葉を使おうと思う。それが私のイメージしている「芸能人に本気で恋をすること」に適切な言葉だと思うから。

 

 さて、私は一昔前にガチ恋(に似たような経験)をしている。対象はインターネットカラオケマンと揶揄されているジャンルの人。歌い手って呼ぶのあまり好きじゃないからこの先もこう表記するけれど、苦手な人がいたらごめんね。

個人的にインターネットカラオケマンは芸能人に含まれないと思うけれどそこは置いておいて、便宜上この人を元推しと名付けよう。元推しはたぶんその界隈では結構名前も知られていたと思う。なぜたぶんなのかというと、私が今も昔も周囲の情報収集をしないから、周りの人が私の推しを知っているのか全然分からないんだよね。

ちょっと話が逸れるけれど、今思えばこの頃から同担拒否みたいな感情はあったのかもしれないなぁ。自分から牙を剥いて噛みついたり拒否したりはしないけれど、新しく同担の友達を作って推しについて語り合ったりした記憶は全然ない。同担拒否についてはいずれ書きたいと思っているテーマなので今日は一旦話を戻そう。

 

 元推しはインターネットカラオケマンだから基本的に顔出しはしない。接触の機会は殆どなくて、動画と、あとたまーに生のラジオ配信をやるくらい。こちらからメールで感想を送ったりはしていなかったから、3年間向こうからの施しを受けるだけの完全なる一方通行。この頃は自分でもガチ恋をしているという自覚は無くて、声が好きとか、ラジオでの会話から垣間見える人柄がいいなぁとかそのレベルだった。

 

 ある日元推しが初めてライブに出ることになった。他のインターネットカラオケマン達との対バンで、私にとっては遠征だったんだけれど夜行バスとチケットをもぎ取って、友人に付き合ってもらって参加した。オールスタンディングでとにかく近くに行きたくて確か3列目くらいにいたと思う。初めて生で見る元推しは正直イケメンではなかったけれど、私は元々ライブという催しが好きだからものすごくテンションが上がっていた。ライブだから腕や手を伸ばしたりするんだけれど、歌い終わって同じくテンションが上がった元推しが、私が伸ばした手にハイタッチしてくれた。もちろん私だけじゃなくて私の周りにいた人数人に。その後続けざまに頭をワシャッてしてくれたりして、なんだこのファンサは~~~~!!!!って色々なメーターが振り切れた。

その日のライブはそんな感じで興奮したことしか覚えてないし、ライブが終わった後も元推しの(じゃないけどね!カラオケマンだからね!便宜上ね!)曲を聴いてはライブを思い出したりしていた。

 

 ライブから1ヶ月後、元推しはまた対バンをすることになった。これも遠征だったけれど、ひと月前のライブ(でのファンサ)が忘れられなかった私は前回と同じ友人を引き連れて2回目のライブに行った。自覚はしていなかったけれど、たぶんこの時にはもう元推しのことが好きだったんだと思う。確かに友人には3年前からちょくちょく、前回のライブに参加してからはものすごい頻度で元推しの話ばっかりしていた記憶はある。

2回目のライブは前回よりも大きな都市で開催されたから(あくまで都市の話で、箱はものすごく小さい。)、前回のように夜行で帰るのではなくて、一泊して翌日観光してから帰ろう!って友人と話していた。その観光の時の出来事が衝撃的すぎて、正直ライブのことはもうあんまり覚えていないから割愛。

2日目は有名な観光地に行ったんだけれど、単刀直入に結論だけ書くと、そこでライブの他の出演者(インターネットカラオケウーマン)と腕を組んで歩いている元推しを見た。元々この二人は動画内でもコラボなんかをしていて仲が良くて、2chのスレには付き合ってるんじゃないのか、なんて書かれたりもしていた。最初のライブの時にも共演していたんだけれど、なんとなく「そんなことはないだろう」って思い込もうとしていたのかもしれない。

実際に二人が一緒に歩いている場面を目にしたところで「付き合ってるんですか?」なんて聞けるわけもなく、私達は二人に声を掛けて握手してもらって別れた。本人達に確認していないから恋人同士だったのかという点は未だに不明だけれど、友人と声を掛けた時、明らかに女性のほうが焦っていたので付き合っていたと仮定して話を進める。組んでいた腕をサッと引こうとしたのも見てしまったしね。というか今思えば腕組んで観光してる二人に声掛けるなんて空気読めないにもほどがあるなぁ。でもその時は私も友人もテンパってて、友人はどうだったか分からないけれど、私なんて心の中が黒くてモヤモヤして苦しかったのに、とにかく「昨日楽しかったです!」って直接伝えなくちゃ、という謎の使命感に駆られていた。ドエムか。

二人と別れてから、元々の観光プランとして考えていたメイド喫茶に行った。メイドさんは可愛かったけれど、私はまじでつらくてつらくてそれどころじゃなかった。でも私は元推しのことが恋愛対象として好きだって気づいていない(そうじゃないと思おうとしている)からなんでつらいのか分からなくて、そこで友人に指摘されてガチ恋だったんだって気づいた(この頃はガチ恋なんて言葉なかったと思うが)。友人が可愛いメイドさんに「この子失恋しちゃったんですよ~」とか言ってるのを聞きながら「私失恋したのか・・・」ってどこか他人事のようだった。まぁまだ18、19歳くらいだったし、オタクを拗らせていて恋愛経験が少なかったのも事実だから、恋に恋している、みたいなところもあったのかもしれない。

 

 私はこれまで元推しの曲を聴けばそれだけで元気になっていたのだけれど、この出来事があってからは元推しの曲を聴くと楽しかったライブを思い出し、その流れで彼女さんと腕を組む元推しの姿が浮かんでくるようになってしまった。友人に話せるわけもないから誰にも洩らさず毎日一人でつらい~~~~って言いながら過ごしていたし、相手は彼女持ちだから一ファンの私が入り込む隙なんてないことも、諦めるしか道がないことも分かっているのに、そんなすぐに忘れるなんてこともできなくて、こんな不健全な恋愛やめたいって何度も思った。「聴きたいけどつらいけど聴く(そしてつらい)」を繰り返していた私は今思えば完全に(悪い意味で)恋愛に酔っている。

 

 こんな不健全な恋愛からどうやって抜け出したかというと、元推しの曲を聴くのがつらくなってきていた私はまず曲を聴くことをやめた。新曲がアップされても動画は見ないようにして、自分の感情も無視して生活の中から物理的に元推しを排除して過ごせば少しは気持ちが落ち着くだろうと当時の私は考えた。この時は「元推しへの恋心まですべてなくしてしまおう!」なんて考えていたわけではなくて、つらい気持ちと向き合う頻度を減らしたい、という思いのほうが強かったと思う。結果的にそれは成功して元推しへの恋心は薄れていったわけなんだけれど、今改めて考えてみると

 

「彼女がいる=推しは今幸せなんだ!(本人に聞いてないから分からんけど)=私の出る幕はない(から諦めなきゃ)」

 

という方程式が私の中では大きかったらしい。そりゃ最初から本気で付き合えると思ってファン(好き)になるわけではないけれど、それでも人間なんだから「あわよくば」とか「どこかで繋がれたら或いは」なんて考えはさ・・・持つじゃん・・・。そんな甘ったれた考えを持っていた私には、先述した出来事のように、あくまで現実的に「あんたにはワンチャンスすらないよ」と突きつけられることが大事だったんだと思う。そこで「別れるまで待つ」とか、「彼女がいようとガンガンアプローチして奪う!」と考える人も世の中にはいるのかもしれないけれど、私はそういうタイプではなかったしね。

 

 と、ここまでが私が過去に経験したガチ恋の話。想像以上に長くなってしまったので、今の推しについての話は後編に分けようと思います。

続きは次のエントリーへ。